中華ビジネスをより面白く、ニッポンをより熱く。家電メーカー営業マンが取り組む香港ビジネス奮闘記です。


by tatsuostyle
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いつかの転身

夏期休暇中、会社を転職した先輩と夕食を共にする機会があった。


彼は社費MBA留学で、米国の大学を卒業後、3年間勤務した後に
M&Aアドバイザリーを手掛ける会社へ転身した。
現在、最もホットな業種と言えよう。


1年前に高架下の焼き鳥屋で飲んでいた際、そんな素振りは全くなかったが、
どうやら当時から着々と準備をしていたようだ。


彼とは社内ベンチャーのセミナーで同じチームとなり、その際に
意気投合して、進路面でもいろいろと相談にも乗っていただいた。


今年春、予告なしに退社の挨拶メールが来たことが
今でも昨日のことのようであり、現実感がない。


彼とは夕刻、彼が勤務する会社のロビーで待ち合わせをした。
東京駅近辺の、まだ築3年くらいのタワービルで眺めがとても素晴らしい。


残業中なので、一時間ほど抜け出して頂き、近くのレストランで食事をする。
金融オフィスが密集していることもあり、店内には外国人ビジネスマンも多く、
客層が大阪と全然違うような・・・


彼曰く、
同僚には会計士やらコンサル上がりが多く、伍していくのにとても
苦労しているそうだ。

仕事内容は顧客企業に対し、企業の正味現在価値を精査し、それを元に
事業を拡大するための、合併や提携を含めた提案を行うことである。


彼は、今までメーカーに勤めていたこともあり
金融業界独特の会話や用語に大きく戸惑っている。
また、顧客訪問でヒアリングをした際も専門用語が飛び交い、
客前で"分からない"と言うわけもいかず、苦労もひとしおらしい。


メーカー出身で、未経験者である彼が採用された理由とは。

それは、ものづくりをするにあたって必須な事業部や海外との
幾多の摺り合わせや根回し、調整能力、そして上層部への働きかけや
周囲を巻き込んで実現化するための折衝、計画遂行能力。


そういった、金融業界にはない、
モノを造るメーカーならではの"能力"を買っているのだという。



毎日吸収すること、勉強することが山のようにあるよ


そう言う彼の顔は充実感に満ちており、悲壮感は何一つ漂っていない。
水を得た魚とはこういうことなのだろう。



お前は将来、どうしたい?


別れ際の、その問いが、いつまでも私の心の中で鳴り響き続けた。



怒涛のような8月が終わった。
残り4ヶ月。


次回再会する際、
私はどんな立場で何をしているんだろう。
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by tatsuostyle | 2007-08-31 00:03 | ビジネス

世界陸上よ

大阪で開かれている世界陸上が盛り上がらない。

期待されていた日本人選手が凡庸な成績で終わり、
ほとんどが予選で姿を消したり、入賞を逃しているから仕方がないのかもしれない。

そもそもあまりに暑すぎて、スタンドで観戦しようとする人がいないのが
大きな理由かもしれない。


スポーツ界では、科学的なトレーニング・手法は毎年飛躍的な進化を遂げ、
またスポーツウェアやシューズもハイテク技術で画期的に向上しているにも関わらず、
未だに日本人は100m10秒の壁は破れないし、ほかのフィールド競技も
外国勢の独壇場だ。


海外で活躍する日本人スポーツ選手は球技が中心であり、
イチローが毎年新たな記録を作り続ける現状と比較すると、
陸上競技は、肉体上、DNA上でぬぐいされない根本的な差があり、
それは到底埋まらないように思える。






大会のボランティアをしている方から話を聞くと
選手の宿泊事情がなかなか大変らしい。


一流選手は帝国ホテルなど、
それ相応のグレードのホテルに宿泊するが、
有名でない、一般的な選手はビジネスホテル並のところに宿泊し、
中には部屋がなくて、廊下で寝ている選手もいるそうだ。

最近、街でよく観光客とおぼましき黒人を見掛ける。
ジャージ姿が多いから、きっとどこかの国の選手なのだろう。


大阪に出張しているビジネスマンたち。
貴方が止まっている狭~い部屋の隣には、明日にも試合に出場する
選手がいるかもしれない。
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by tatsuostyle | 2007-08-30 22:54 | 軽めの話題

5年の歳月

機会があって、社内のとある二次会に合流した。


たまたまその中に北京に駐在している方がいて、私はどこかで
見たことがあるな・・・と思ったが、彼は私のことをよく覚えていた。

話を聞くと5年前に社内で開かれたた全社中国語スピーチコンテスト大会の
審査員だったとのこと。

当時、私は国内部門に配属されて3年目であったが、パワハラ上司に
毎日叩かれ、全くの仕事ダメダメ社員だった。

そんな鬱積した日々の中、
この大会に出場して海外部門の連中に打ち勝ち、優勝するのが私の目標であった。

私は夜遅く仕事が終わって帰宅してからも、毎晩部屋でスピーチの練習を行い、
クセを矯正するため、自分のスピーチをダビングし、録画しては夜な夜な
見返し改善を行った。


そして迎えた本番。

私は幾度となく練習した甲斐があり、これ以上ない出来で5分間の
中国語スピーチを終えた。

優勝はもらった。
私は心の中でガッツポーズをした。

上司を見返したかった。
自分は決してダメ社員なんかじゃないということを。


しかし、
最後に登場した中国トレーニーによって、私の淡い期待は
はじけとんだ。


彼の美しい発音はもとより、優雅な比喩表現や文言の使い方は
私の数段上を行くものだった。


最終的に私は2位に終わった。


帰り道、悔し涙が止まらなかった。

情けなかった。

あれほど準備をしたのに。

練習をしてきたのに。


私にとって1位以外は、何の意味もなかった。


その当時の審査員だった方と飲んで、偶然当時の話になった。
彼曰く、判定は非常に僅差であり、ほとんど差はなかったが、
"語彙の美しさ"という点で彼の方が上を行っていたとの事。

純粋に仕事・商談の語学力では私に軍配が上るがが、
スピーチ大会という、あくまで文学的な位置付けであれば彼に軍配が上るそうだ。


積年の疑問は解けた。

しかし、私を打ち負かした彼は既に転職をしてこの会社にはいない。


今となっては、過去の話であり、もはやどうでもいいもの。



あの時、徹底的に勝負にこだわたっていた純粋な気持ち。


社内の論理・力学に染まらず、これからも自身の土壌として維持し続けたい。



当時を思い起こさせる、思いがけない夜であった。
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by tatsuostyle | 2007-08-29 23:30 | 軽めの話題
ハノイは高い建物が少ないため、10階建てほどのビルでも
遥か遠方まで見渡せる。

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近年ベトナム経済が急成長をしたことで
日本でベトナム株投資がちょっとしたブームになっており、
現地証券口座開設ツアーが流行している。

私も当初、ベトナムへ来た暁に開設をしてみようと
目論んだが、いろいろ調べてみると問題点が多いことがわかった。

それは注文や決済がメールベースでの指示で、
日本のオンライン証券のようにネットで完結ができないということだ。

これでは時差が生じて
買いたいときに買い、売りたいときに売れないので
例えば市場が大暴落した時に売り抜けることができない。

地元の投資家がほとんど売り払った後に、紙屑のような値段になったところでしか
取引が出来ない可能性がある。


投資で一番取ってはいけないのが流動性リスク。


現金化がすぐに出来ないのであれば
どんなに市場が高騰を続け、バラ色だろうが、机上の空論だろう。


べトナム株への投資は
オンライン取引の環境が整ってからでも遅くないだろう。


ベトナムの一人当たりのGDPはUS$2,000ちょっとだが、
今回地方を廻って感じたのは、インドや中国のような著しい富の格差を
見受けられなかったことだ。

地方でも道路を含めたインフラがある程度整っており、どんな小さな町でも
商店の集積地帯があり、清潔であった。

いわゆる1日1ドル以下で過ごす貧困層、というのは街の様子からは
伺えなかった。(インドはそういう意味では衝撃的であった)

8300万という人口は平均年齢が20代半ばとのことで、
64年東京五輪の頃と同じようなピラミッド構成だという。
いずれ人口が1億人に達する日がくるだろう。


世界第二位の米生産国、
同じく世界二位のコーヒー生産国、
世界一のコショウの輸出に
豊富な水産物。

日本の食糧自給率は昨年で39%と、かなり危険なレベルに達しているが
将来地域紛争が起き、食糧戦争になった際、ベトナムは輸入に頼らずとも
国民に腹いっぱい食べさせることが出来よう。

いずれ、食糧自給率が高い国は
石油や天然ガスと同じように、農産物を外交カードとして
勝ち組に回ることができる。


大型量販店やショッピングモールはまだ少なく、
開発はこれからといったところだが、間違いなくベトナムは中長期的には
"買い"の国だろう。



3年後。

この地で勤務している先輩も、同期も、この町並みも
大きく変貌を遂げていることだろう。


来たるその日まで

また会おう  

ベトナムよ

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ベトナム編完
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by tatsuostyle | 2007-08-27 23:58 | 軽めの話題
ハノイ市からバスで3時間。
べトナム北部にあるタムコックは陸のハロン湾と呼ばれている。

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ハロン湾で見られたような、石灰岩で出来た奇岩が陸地沿いに続く。
ここでは手漕ぎ舟に乗って、2時間ほどのボートトリップを楽しむことができる。


往路に1時間、復路に1時間だ。


相乗りしたスイス人とちょっとした歓談をする。
弟と弟の彼女と一緒に参加してベトナムに来たとのこと。


それって結構お邪魔虫でないの?
という突っ込みを入れたかったが、やめておく。


舟には漕ぎ手が2人。私の横におばちゃんが、後ろに親父が
ひたすら手で漕ぐ。

おばちゃんはフランス語が話せるらしく、スイス人と盛り上がる。
くぅ 疎外感があるぜ


1時間ほど行ったところで舟は折り返すが、
復路で漕ぎ手のおばちゃんは、売り子と化し、次々と
土産産品のTシャツやらタオルやら絹織物やらを取り出し、勧めてくる。

何度も断ったが、手を変え品を変え、なおもアイテムを
出し続け、全くあきらめる様相がない。なんて執拗なんだ!

スイス人は遂に根負けし、ポストカードを買った。


欧州人は断っても笑顔で来られると弱いんだよね・・・

彼によれば、欧州の物売りは何度か断ると嫌な顔をしだして、
時には喧嘩腰で食って掛かってくる。

ところがベトナムでは断っても断っても笑顔を絶やさないで、
迫ってくるので、10回もPUSHされたらもう断りきれなくなるとのこと。


これがベトナム戦争で米国を根負けさせた不屈の精神なのか


私はなおも激しく横からつつかれ、その商売熱心さに敬意を示し、
さほど欲しくなかったがベトナム美女ポストカード10枚セットを1ドルで購入。

でも写っている女性がちょっと古いな・・・


ハロン湾に劣らず
美しい奇岩が鑑賞できる手漕ぎ舟によるタムコッククルーズ。


小舟という"密室"を利用し、逃げ場のない中で激しい攻勢をかけてくるおばちゃん。
まさに"地の利"を生かした戦略的アプローチだ。


しかし物売り事情を差し引いても
べトナム北部に行かれる方はハロン湾のほかに、ここタムコックもお勧めである。

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つづく
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by tatsuostyle | 2007-08-26 23:16 | 軽めの話題
待ち焦がれた昼食時。
和やかな雰囲気を突如、破壊した粗野な西洋人。

元々6人1席の相席で昼食を行う予定であったが
その肥満ポルトガル人夫妻は、そのアレンジが大いに不満らしい。

"俺は太ってるんだ。なんで相席でこんな狭っくるしく座らなければならないだ!"


私は韓国人ファミリーと他日本人と一緒のテーブルであったが、
テーブルはソファを囲む形で設置され、特に狭いということはない。


困惑するベトナム人ガイド女性とクルー。
説得を試みるも、なお激しく食い掛かる肥満体コンビ。


ほかにアメリカ人夫妻もいたが、皆明らかにうんざりしている。

自分の体型を棚に上げて、それはないだろう。。。


最終的に、その夫妻は別席で座ることになった。
料理は各席コースで出てくるため、配分で揉めないように工夫をしたようだ。


この夫妻は飛行機のエコノミー席でも、スチュワーデスに席が狭いと
クレームするのかな。


とんだ騒動の後に食事は開始された。

次々に運ばれるベトナム料理。
どれも美味で外れがないのが嬉しいところだ。

食事が始まって間もなく、同席の韓国人ファミリーのお父さんが、リュックから
おにぎりが30個くらい入りそうな大きなタッパーを取り出し、卓上に置いた。

中を開けるとキムチがぎっしり。

それにしてもすごい量だ。
本国からわざわざ詰めて持ってきたのか?

彼は家族以外の他のメンバーに目で "お前らも食えと!"合図した。

その傍ら、彼はリュックから次々と品を取り出し、
卓上には韓国海苔、豆板醤?ソース、韓国焼酎が置かれた。
まるでドラえもんのような四次元ポケットだ。


ベトナム産の白飯に豆板醤?ソースをかけ、
おかずと一緒にキムチと海苔を混ぜ混ぜして、口に運ぶ。


ンまぁい!

ベトナムと韓国のフュージョンは、イケる!
新しい発見だ。

こういうときは韓国語でなんというんだっけ・・

そうそう
マシッソヨ! だ。

韓国語のボキャブラリーはほとんど持ち合わせていないが、かろうじて思い出す。


お父さんは焼酎が進んで既に赤ら顔である。

この親父は
おそらく旅先で必ずこのセットを持ち運んでいるのだろう。頑固なまでに。
素敵だぜ、あんた。



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昼食後、
海水でくりぬかれた奇岩に小型ボートで入る。映画のようなワンシーンだ。
また、途中で島に立ち寄って鍾乳洞を廻った。


ハロン湾は地中海ほど、青く澄んだ海ではないが
それでも十分に美しい景観である。

全てが優しく、柔らかでゆかしい。


5時間ほどでハロン湾クルーズは終了した。

ハロン湾では船上1泊2日とうコースもあるそうだ。
離島の海で泳いだり、シーカヤックができるとのこと。
沈み行く夕日を眺めながらデッキで読書をするもよし、
夜空に浮かぶ無数の星の銀河へ想いを馳せるもよし、
早朝に小鳥のさえずりで目覚め、朝日をデッキから眺めるもよし。

またいつか来よう。

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心からそう思ったハロン湾クルーズだった。
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by tatsuostyle | 2007-08-25 16:57 | 軽めの話題
ホーチミンでオプショナルツアーで参加申し込みをし、
早朝にホテルロビーでのピックアップのはずだが、待てども待てども迎えが来ない。

いきなりぼったくられたか・・・?

現地の旅行代理店にクレームの電話を入れると
今!向かっていますから、すぐに着きます! すぐですから!
との回答。お前はそば屋か。。。

結局40分ほど遅れて迎えが来た。
ガイドのベトナム人女性は朝は渋滞が激しくて・・・などと言い訳をする。
そんなのわかりきったことだから、最初から織り込んでおけって。

3時間かけて辿りついたハロン湾。

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昔の海賊船?のような情緒たっぷりの船が港に集結している。
ものすごい数だ。



私達の船は奥まったところにあり、手前の船から八艘飛びの要領で
飛び移らねばならない。

これには同じツアー参加者の
ポルトガル人の中年婦人がいきなりキレた。


"This is really unsafe!"

"Ridiculous!!"

そのオバハンは巨体ということもあり、飛び移るのを非常に躊躇している。
そしてこのような搭乗の仕方は非常識極まりないといきり立った。

それがアジアじゃないか・・・

皆の助けを借り、どうにか船に移ることが出来た。


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ハロン湾は・・・
世界遺産の名に恥じぬ、美しい景観であった。
海からの奇岩や海水によって浸食された光景が次々と飛び込んでくる。

これは間違いなく私がこれまで見た景色のベスト5に入るだろう。

お昼になり、私達は船上でランチタイムを迎えた。
みなかなり腹を空かせて、心躍る気分で席に着く。


突如、西洋人が大声で吠え出した。
何やら昼食で揉めている。

朝の巨体ポルトガル婦人の夫で、武蔵丸クラスのおっさんだ。


一体今度は何だ。

そして、私達は飯にありつくことはできるのか。


つづく
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by tatsuostyle | 2007-08-24 23:52 | 軽めの話題
ベトナムの首都はホノイであるが、最大都市はホーチミンである。

ホーチミンには外資ホテルや外国人好みのレストランや垢抜けた商店などが
多く、華がある。

それに対し、ハノイには昔ながら旧市街が多いため、どちらかというとローカル色が
色濃い。高層ビルも少なく、のんびりとした雰囲気だ。首都だからさぞや大都市
かと思っていただけに、予想を覆された感がある。

単純な比較はできないが米国のワシントン-ニューヨーク、
中国の北京-上海のような関係だ。

亜熱帯気候に属する国でありながら、ホーチミンの気候はとても快適で
夜は秋を感じさせるような涼しさすらあった。

しかしハノイでは一転して、暑くなる。ただ、夕立もあり朝晩は割と快適で、
フェーン現象やらヒートアイランド現象やらで昼も夜もうだるような、
苛立たしい蒸し暑い日本と大違いだ。

今年、遂に40℃に突入した日本。あと数年したらいよいよインドの気温並に
真夏日で45℃を記録するのかもしれない。

日本の夏は東南アジアを超えている。
そろそろ気象庁も認めていい頃だ。


ハノイ市内を足で歩き回り、途中ホアロー収容所を訪れる。
この施設は19世紀末にフランス軍が作った監獄で、その後ベトナム戦争でも
使用された。

独房、集団房、拷問の道具、実際に使われたギロチン・・・

生臭い展示のオンパレード。実際にここで処刑されたり拷問されて獄死した
人は相当数に上ると思われる。

処刑された人間の顔写真集を一通り見学した後、
重苦しい空気に支配されたこの収容所を後にした。


その後、市の中心にあるホアンキエム湖に辿りつく。

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ベトナム市民の憩いの場所で、外国人もちらほらを見受けられる。
この近辺は瀟洒な建物が多く、カフェやバーが立ち並んでいていい雰囲気だ。


一人で外国を廻っている時に困るのは、やはり夜の食事であろう。

昼であれば、身近な食堂に入ったり、
露天やデリなどを利用してテイクアウェイすればいいのだが、
夜はそれなりに雰囲気のある店で、ゆっくりと食事をしたいものである。

しかし
入ったレストランが、グループ客だらけであったり、カップルが多かったりした場合、
やはり肩身が狭いものである。

大いに盛り上がる隣テーブルに、しっぽりムードの隣テーブル。

美味しい筈の食事も、喜びは半減である。


幸いなことにホアンキエム湖には、一人でも入れるいい感じのレストランがいくつかあり、
私はその中でオープンエアの店に入った。


Tiger beer を頼み、よく冷えたやつが出てきた。
今日は一日中トラブルばかりだった。胸がいっぱいで腹が減らない。
とにかく浴びるようにビールを飲み続けた。




酒が進む中、
ふと隣の席を見ると、東洋系の美女が一人で食事をしている。
長髪が美しく、とても大きな目をしている。

何回か目が合った。

もう一度顔を向けると、彼女は恥ずかしそうに目をそらした。

こちらを意識しているのか。



フッ・・・

俺に惚れてはいけないよ


旅先で飲みながら、
勝手な妄想を繰り広げるのも、一人旅ならではの醍醐味である。

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今日という日をサバイブしきった自分に改めて乾杯!





明日はいよいよ世界遺産のハロン湾。

つづく
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by tatsuostyle | 2007-08-23 22:16 | 軽めの話題
空港に到着し、ハノイ市内に入る手立てを練り直す。

空港に乗り合いバスがあるが、時間がかかる上、私の宿泊するホテルは地図から
外れたところにあり、結局どこかでタクシーを乗りつないでいかねばならない。
それならば、やはり手間をかけず一回で到着したい。


さっきの悪党どもがまた空港に戻ってきたらややこしいことになりそうだ。

いろいろ考えたが、
市内から空港に入ってくるタクシーで、かつ女性を乗せている車を探すことにした。
出国側のエントランスでスタンバイする。

本当は到着側の出口でタクシーを並ぶのがマナーだが、ここはアウェーだ。
行儀よくしている場合ではない。

ほどなくして、理想のターゲットが来た。
一人乗りの女性を乗せた、バンタイプのタクシーだ。

こいつなら大丈夫だろう。

私はすばやく駆け寄り、手に持っていた住所を見せた。

ガイド本によれば、ベトナム人で地図が読める人はほとんどいないと言う。
以前の戦争で、地図が読めるということは諜報活動に携わっていたと見なされ、
大変な目に遭っていたらしい。その名残らしいのだがなんともうさんくさい話だ。

運転手は住所だけを見て、私を車に押し込み発信した。


今度は大丈夫だろうな・・・


ガイド本によるとタクシーでハノイ市内までは約40分。

その間、延々と高速道路を走り、見渡す限り農地だけの殺風景な景観が続く。

こいつは本当に市内に向かっているんだろうな・・・?

気が気ではない。
しかし1対1なら、何かあっても迎撃可能だろる。
相手が銃さえ持っていなければだが。

30分ほど経過したところで
急に道路の周辺が賑やかになってきた。

ホーチミンでも見た、バイクの大群だ。

私は安堵の気持ちに包まれた。
これならば無事にホテルへ向かってくれるだろう・・・


ハノイもホーチミンに負けず、バイク量が非常に多い。
私達の前方を走っている、若者が乗っているバイクはスピードが遅く、
運転手は何度かクラクションを鳴らした。

しかしバイクのライダーは一向に気にもとめず、譲る気配がない。
執拗に、クラクションを鳴らし、なおもどかせようとする運転手。

そんなに激しく鳴らさなくてもいいと思うのだが。

その時だった。

運転手はなかばキレ気味に中央車線を乗り越え、強引に追い越しにかかった。
そして追い抜きざま、そのバイクに向かって一気に幅寄せをした。


ドゴッ

衝突音が続く。

公道でマリオカートだと!?


私達の車に当てられたバイクは、幸いにも転倒しなかった。

そのライダーは鬼の形相で運転手側の窓まで近づき、
両者は併走しながら窓越しで罵り合っている。

タクシーの運転手も興奮して、いまにも窓越しに掴みかかりあいそうだ。


前方から大型トラックとバイクの大群が迫ってきている。

頼むから前を見ろ-!!


小競り合いが続いたが、左折した際にバイクと切り離された。

気付くと私の手と背中はぐっしょりと汗ばんでいた。


ほどなくして、タクシーはホテルへ無事到着。
ぼったくられることもなく、正規料金を払って私達は別れた。


彼は、いつかどんでもない事故をやらかすだろう。
間違いなく。


ホテルにチェックインして、空港からここまで立て続けに発生したハプニングで
体は披露困憊で精神的にも憔悴していた。


冷たいシャワーを一気浴びし、新しいシャツに着替え、
私はハノイ市内へ飛び出した。

Time is money.

まだ
休息するわけにはいかない


つづく
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by tatsuostyle | 2007-08-21 22:52 | 軽めの話題
翌日、国内便でベトナム南部から北部にある首都・ハノイへ入った。

飛び立って1時間半強で、ノイバイ空港に到着する。
ホーチミンの空港でしたのと同じように、私は空港内で
タクシーチケット売場を探したが、見付からなかったため、空港サービス
カウンターの女性に聞いたら、すぐ近くの出口を指した。

外に出たが、それらしき売場はない。
そうこうしているうちに、タクシーの客引きに捉まった。


クソ暑いし、もうこいつのタクシーでいいか・・・

私は彼が案内するところまで荷物を引きずり、目指す車まで移動した。
運転手が車中に待機しており、トランクに荷物を入れて
私は後部座席に座った。


刹那、
案内してきた男は反対側のドアを開けるや、同じ後部座席に入り込み、
ほぼ同時に、助手席にも見知らぬ男が乗り込んできて車は急発進した。


なっ!?


私は瞬時にはめられたことを悟った。

こいつらは全員グルなのだ。

車は空港を後にして、幹線道路へ向かって走った。

私を客引きした男はベトナム語にカタコトの英語を混ぜて
くちゃくちゃ話しかけてくるが、こちらの英語を理解できないので
ほとんどコミュニケーションをなさない。

こいつはなにやら笑っているが
運転手と助手席の男は無言なのが不気味だ。


まずいぞ・・・

車が走り出して3分ほど経過した。

このまま乗っていたらどうなるのか。

どこか山中に連れて行かれるのか。
どう転んでも私が指定したホテルのある場所まで普通に行くとは思えない。


この悪党どもが・・・


トランクに荷物を入れているが、貴重品は手元のバッグにある。
思い切ってドアを開けてここから飛び降りちまうおうか。

走行中でかなり危険だが、こいつらについていくのは
もっと危険かもしれない。


決断しなければ・・!


車が高速道路に入る50Mほど前の横道で車は突然停車した。

"Money!"

くっ 来たか。

私は停車をしたのを逃さず、ドアを開けて外へ出た。

幸いなことに少し後方の道路沿いの売店に人がいる。


Open it!

私は後方トランクを叩きながら怒鳴った。

降りたらこっちのもんだ。
荷物は絶対に取り返す。

向こうは粘ってなかなか開けようとしない。
私は札をちらつかせ、開けたら金はやると言った。


荷物をすばやく取り出し、10万ドン札1枚だけ渡す。(750円相当)

男はこんなんじゃ足りねぇ! と叫んでいるようだったが

私はきびすを返し
今来た道を逆走して現場から逃げ去った。

悪党どもは・・・
追いかけてはこなかった。


空港からかなりのスピードで10分弱ほど走ったから
距離にすれば5kmほどだろう。

私は空港まで歩いて戻ることにした。

ハノイは炎天下。

荷物を引きずりながら思った。


そういえばサッカーアジアカップの準決勝で日本がサウジアラビアに
叩きのめされたのも、ここハノイだったな・・・


猛暑で汗が吹き出て止まらない。

ハァハァ

負けるな ニッポン


空港まで平穏に戻れるかと思いきゃ

バイクタクシーのドライバーらしき連中があたかも餓狼のごとく、
次々と私の周囲にたかってくる。


"グヘヘ 乗っていけや"

"乗った方が楽だぜ  ケケケ"


笑顔で話しかけているが、もはや全員信用ならん。
カモになるわけにはいかんのだ!


ノンストップで歩いて50分が経過しようとしたころ、
ようやくノイバイ空港が見え・・・そして遂に到着した。


今しがた海に飛び込んだかのごとく、全身から滝のような汗が吹き出ている。
周囲の人が怪訝な目で私を見る。


まだ振り出しに戻ったばかり。


さあ
今度こそどうやって市内に入ろうか。


つづく
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by tatsuostyle | 2007-08-20 23:23 | 軽めの話題